先日、京橋までソレッテのサッカー練習に行くために、天六から京橋までの3.5キロを走ったり歩いたりしながら向かいました。
まずは、都島橋を渡り、大川沿いを南へ。
その後、途中で東に反れて京橋に向けて走っていると、とにかく細長く続く空き地が出てきました。
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「新しい道路用地なのかな?こんなところに?」
と思いながら、空き地沿いを500mくらい走りました。
その空き地がいったいなんなのか気になって、家に帰ってから調べてみると、
どうやら『城東貨物北線淀川貨物連絡線跡』だそうです。
淀川貨物連絡線とは
かつて大阪府吹田市の吹田駅、大阪市都島区の京橋駅および大阪市城東区の放出駅から大阪市都島区の淀川駅(貨物)・初代淀川電車区に至る貨物線の通称であり、正式には片町線の貨物支線であった。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』.
だそうで、関西の建築学生が卒制の敷地としてよく扱う、吹田操車場から延びていた貨物線だったようです。
私が通ったあたりは、廃線後かなりの間高架の築堤が残存していたらしいです。
また、今でもところどころに、築堤の跡やコンクリートの橋台、木製の架線柱などが残っているとか。
今度通る時は、それらの遺構を探しつつ走ろうと思います!
ひとつ走る楽しみができました。